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大口の三社のひとつ西原八幡宮

由緒

明応八年島津忠明は、島津氏の支族として大口城の城主であった。当時は戦国時代で、菱刈、相良の連合軍により、子の明久は羽月河畔の鷹狩中に殺された。又、享禄三年七月大口城外の諏訪神社祭礼の時に、参拝者にまぎれこんだ敵兵のため城は焼かれ、城主忠明も自殺して果てた。島津貴久公は、天正七年この父子の霊を大口西原に祭り、西原八幡神社とした。天正十三年瑞兆があり、新納忠元に命じて、明久を戦死した羽月大島に若宮神社として祭った。

昔から武の神として、境内は郷士達の武芸鍛錬の場でもあった。

門前の仁王像は寛保三年の作で、境内には一字一石経文が供養のため埋められている。

新納武蔵守忠元が大口地頭の時、西原八幡宮と呼ばれ、諏訪神社、郡山八幡宮、とともに大口の三社として崇敬されたという。

information
名称
西原神社
住所
〒895-2506 伊佐市大口青木3024
営業時間
24時間
駐車場
無し